2008年07月31日

生活立ち上げ話(ニューヨーク・ウエストチェスター編)

転勤族でもないのに結婚してからよく引っ越した。
特にここ3年で3回も!激動の数年だった。

アメリカに引っ越してきたのは・・・・ああ、もうそろそろ2年前・・・??
2年前の今頃は・・・って少し落ち着いた今振り返ってみると、あんな事もあったなあなんて思うけれど、渦中にいる時はとにかく、とにかく大変だった。語彙が少なくて恥ずかしいけれど、「大変」しか思いつかない。
特に下の子がまだ小さかったから、本当に「飛ぶ鳥後を濁しまくり」「みなさんにお世話になりまくり」で引っ越してきてしまった。
日本にいる両親、そして友人の皆様には本当に本当にお世話になりました。m(_ _)m ありがとうございました。


このブログにはいつも楽しそうなことばかり書いているように見えるかもしれないけれど、実際はそんなことばかりではない。外国人として外国で生活するおもしろさももちろんあるけれど、毎日失敗や学習の連続でストレスいっぱいだ。
オットはこの国で育ったし、私も長年住んでいたのに、その頃の知識や常識は今ここでは通用しない。

今でこそ『家族で移住生活』に少しは慣れてきたけれど、こちらでの生活を立ち上げるのに、どれだけの人にお世話になっただろう?
今まであまりに色々ありすぎて書く気が起きなかった『引っ越してきたばかりのNY州でのこと』をちょっと書いてみようかなぁ。







オットは友達が多い。
たとえ長年会わなくても、いつも年に一度の挨拶状をきちんと送り、たくさんの友達との交流を維持している。(私とは正反対)
今回こちらに引っ越してきて大変お世話になったドクターS夫妻もそうだ。
オットは独身時代にNYに赴任していた。よく「それはお一人で寂しい生活だったでしょう?」って聞かれるけれど、残念ながらそれはハズレ。
教会で委員をやっていた関係か、プライベートがとっても充実して多くの友人と活動的だったらしい。マンハッタンでも有名な大きな教会だったので、そこに来る人たちはそれぞれの分野で活躍している大物も多い。そしてそこでできた知り合いは、かけがえのない財産になったようだ。
ドクターS夫妻もその教会での知り合いだ。もうかれこれ18年くらいのお付き合いになる。知り合いと言っても私たちの両親の年齢で、彼らの子供たちはまさしく私たちと同じ年代という方たち。

ドクターSはNYでは有名、かつ権威ある牧師さんで、もう引退されていたけれど、ラジオ番組まで持っていた人気者だ。
ミセスSは宣教師だった彼女の父親の関係で大人になるまでインドで育った。NYで私たちが通っていた教会で長年働いていたが、去年リタイアされた。あの「大人だけのちょっと堅苦しい教会」から「ファミリー向けの大きな教会」へと将来性のある大改革を起こし、大きく変化させたのは彼女の功績だ。そしてリタイアした今でも毎日のように色々なキリスト教の活動に忙しい。


そんな彼らとはかれこれ13年も会っていなかったのだけれど、今回NYに引越しが決まり、オットが学校のこと、不動産のことなど色々と相談をしたらしい。夫婦二人ならどこに住んだっていいけれど、ムスメの学校のことがある。どこに住んでもいいと言うわけにはいかない。
学校のことはgreatschoolsという全米の学校ことが詳しく出ているサイトで調べてはみたけれど、まだ日本に住んでいたからいまひとつピンとこないし。家に関しては・・・当時は不動産バブルだったのでどこでも値段が高騰し、本当に買える家があるのか不安だった。


今回は駐在ではないので、基本すべて自分でやらなくてはならず、パニック状態だった。
まず引っ越す前に日本の家、車の売却から年金、保険、銀行の手続きなどなど、今まで縁のなかった分野が次から次へと押し寄せてきた・・・。それと同時にムスメの学校や買い物、1歳児(当時)のお世話など普段の生活があるわけで、大忙しだった。
そして、引っ越した後のこともやらなければいけない。いったいどこに住むの?学校もすぐ行かせないといけないし、ニューヨーク州がいいのか、ニュージャージーがいいのか、見当もつかなかった。だいたい家を探している間、どこに住むの?荷物はどうするの?グランドピアノもあるし、そんなのおける借家、みつかるのだろうか?
本当にもう・・・・どうしようもなく途方に暮れていた。

そんな時、ドクターS夫妻が親切にもこうオファーしてくれたのだ。

「自分の家が決まるまで、うちに住んだら?」

えええっ・・・・・・オットと二人でびっくり。
だって、家族4人でよ?特に下の子は当時からハンパじゃなく、相当うるさいサル。
そんな家族をずっと泊めてくれるの?こんなありがたい話はないけれど、本当にそんなことができるのだろうか。グランドピアノだって置かないといけないし!!

丁度運のいいことに、私たちが渡米した2ヵ月後から半年間、彼らはインドで仕事があるので家を留守にするというのだ。
彼らにしてみても、留守の間ハウスシッターがいてくれた方がありがたい、ということらしい。
話は決まった。どこにも行くあてのなかった我が家は、ドクターS夫妻の家に住む事になった。
場所はニューヨーク、ウエストチェスターの某市。
マンハッタンから近く、オットは会社までバスと地下鉄を乗り継いで行ける。

そして・・・・
あっという間にオットが出発する9月が来た。オットは日本での事務手続きをほぼすべて完了しておいてくれた。
彼が出発の日・・・「買ったばかりのこの新築の家、ロケーションも最高でとても気に入っていたのに、オットはもうここに住めないのか・・・これがこの玄関を出て行く彼の最後の姿なのか・・・」と思うとおセンチ(死語)な私は急に悲しくなった。
もう私達はこの家には戻って来れないのだ、という事をその時に私ははっきりと認識した。

残された私は激動の引越しと残務処理、そして家族や親しい人との悲しいお別れをし、10月に渡米。
忘れもしない、下の子の2歳の誕生日前日だった。



このようにして12月末までの約2ヵ月半、ドクターS家での共同生活が始まった。



つづく

posted by つなみ at 23:58| ニューヨーク ☀| Comment(7) | 家族で引越し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こういう、ちょっと切なかった話って自分の中でまとまるまで記事にできないんだよね、わかる〜。私の場合は人にも中々話せなかったりするもん。

でも、すっごく読み応えありそうで楽しみ〜。そう、この家オファーって、英語圏ではよくあるんだよね。日本人にはちょっと不思議な感じよね。私も地元でもうちょっと友達作らないと・・。ふい〜・・。
Posted by みっく at 2008年08月01日 19:02
そうそう、海外に住んでいるって何だか楽しそうなイメージなんだけど実際は苦労のほうが多いよね。特に移住なんて言ったらさ・・・。生活の基盤を作ることってこんなに大変なのかと思う。特につなみちゃんんとこは、娘ちゃんがすぐにでも学校・・という年齢だったから余計だよね。

だけど、ダンナさんの人脈の広さで救われた部分もあるんだね。ダンナさんの人柄が良かったからこそ、お友達ご夫妻もそういう申し出をしてくれたわけだし。

まさに

>今まであまりに色々ありすぎて書く気が起きなかった

これこれ。あれやこれやいろいろあるんだけど、もう頭の中もごちゃごちゃしてるし、思い出すなんて疲れるし・・言葉が見付からなくて「大変」しか言えない気持ち分かるよー。しかも、その大変さが続行中だしね・・・。

2年経ったことで、だいぶ気持ちも生活も落ち着きつつあるのかな・・・。段々NJになれてきてるのかな・・。
ねぇ、NJに住む人のことは何て呼ぶの?例えばKYはケンタッキアンて言うんだよ。
続きに期待しまくり!
Posted by ピグリー at 2008年08月01日 23:33
おひさしぶりです。無事(?)NJに上陸したこみです。いろいろありすぎて「大変」としかもう言葉がでない引越しさわぎで飛行機にのったときには、メーターがふりきれていました。。。気がつけばJFKのイミグレのおばさんが、ストローラーで仮死状態の下の子に「ハッピーバースデー♪」と叫んでました。ええ、日米二日がかりで2さいになってました。。忘れてた!
てな具合で、10歳の学童とまだ人間になりきれない小猿をかかえて右往左往しています。今の自分とオーバーラップさせつつ、この続き楽しみに待っています!
Posted by こみ at 2008年08月02日 00:16
「大変」って言葉ですごい伝わってくるよ。
引越しって日本国内でするのだって手続きやら何やら大変なのに、海外となったら、そりゃーもう半端じゃないと思うよ。
みんなそれを乗り越えて海外生活してるんだよね。凄いと思う。
すぐに住むところを決めるって難しいけど、そんな中、手を差し伸べてくれたS夫妻との出会いがあって良かったね。
移住直後の話ってなかなか聞けないから、続編すごく楽しみよ〜。
Posted by ミジ at 2008年08月02日 01:45

こんにちは、えいと@です。

おぉおー。
つなみさんも渡米時にご苦労なさったんですねー。
移民となると、またいろんなことがあったんでしょう。
お察ししますぅ〜。

ホントに生活のセットアップって大変すぎて涙モンですよねー。
ドクターS氏のような親切な方がいて良かったですね。
一生の恩人ですねー。

>特に下の子は当時からハンパじゃなく、相当うるさいサル。

ここ ↑ 大爆笑でしたー! ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆

 えいと@


Posted by えいと@ at 2008年08月02日 02:33
国内での引っ越しでも大変なのに、海外で移住となると、相当な苦労があるだろうね・・・。

このシリーズ、興味深いし、すごくつなみちゃんの気持ちがこめられていて読み応えがあるよ。

楽しみにしてます。
Posted by びつきい at 2008年08月02日 10:51
お返事が遅くなってごめんなさい!

■みっくちゃん
そうなのよね。あまりに色々ありすぎて、書くことはあるんだけど、書きたくない、思い出したくない、みたいな。
でも今回、もうそろそろ書いておかないと忘れちゃいそうな気がして、書くことにしたよー。オチがない話だけど、頭の中でまとまったら続きを書くね!


■ピグちゃん
ほんと、NJに住む人ってなんていうんだろう?それをオットに聞いてみたら「知らん。ニュージャージアン??」でした。誰かご存知だったら教えてー。
そうそう、自分で「大変大変」っていうのも気が引けるけど、苦労の連続よね。でも自分で選択したことだから仕方ないか・・・。
この続きもオチがない話なんだけどね〜、少しずつ書いてみます!!




■こみさん
NJへうえるかーむ!!お疲れ様でした・・・・こみさんの下のお子さんも2歳と同時に入国ですね。まるで一緒じゃないですか!!いやー、よくわかりますよ、お疲れ様でした。私もJFKで同じ飛行機に乗ってた他のお客さんから「大変でしたね…ヽ(;´Д`)ノ」って言われちゃったもん・・・汗。
夏休み中に疲れを癒して下さいね。

■ミジちゃん
世の中の転勤族のご家庭って本当に大変なんだと思うわ。もう引越しはいやだなあ。
でもやっぱり周りの人の協力なしには人間の生活って成り立たないんだなあって痛感した。この気持ちを忘れないようにしないといけないね。私、すぐ忘れちゃうから気をつけないと。


■えいと@さん
えいと@さんも丁度海外生活立ち上げのこと書かれてましたよね。ああ、同じだなあって思って読みました。やっぱり周りの人の助けナシでは難しいこといっぱいありますよね。一生の恩人、ほんと、その通りだー!!


■びつきいちゃん
びつきいちゃんの家は転勤族だったよね?大変だね、引越し・・・。いや、近くても遠くでも引越しは大変だよ。なにもかも新しい土地で一からやり直しだもんね。
最近すぐ忘れちゃうから忘れてしまう前に、記憶をたどりながらぼちぼち書いてみようと思います。
Posted by つなみ at 2008年08月04日 13:04
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